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第31話 招聘

Author: 青砥尭杜
last update Last Updated: 2025-02-23 18:06:02

 産業革命と呼ばれる工業化による生産性の拡大によって圧倒的な経済力と軍事力を握った西欧列強の強い影響力が世界中に及んだ地球の十九世紀と同様に、激動の時代にある聖暦一八八九年の異世界テルス。

 西欧列強による植民地争奪が激化する中で、日本と同じく世界最大の大陸の極東に位置するミズガルズ王国が独立国家として在り続けるための軍事力そのものであり、国家の威信を示す象徴的存在でもある筆頭魔道士団の長となる首席魔道士に就任したカイトの生活は、十月一日の叙任式典から一変……はしなかった。

 筆頭魔道士団の第一の席次を表す場合にだけ用いられ、国家の君主や元首に次ぐ特殊な立場となる首席魔道士に就任したカイトだったが、エルヴァから無属性魔法や魔道士としての作法などを教わり、王宮内の病院へ週に四日ほど通ってケンゾーから治癒魔法について教わるという勉強が中心の生活が十月十八日まで続いた。

 カイトの異世界での生活を一変させる一通の書簡を携える宰相セルシオが、エルヴァの屋敷を訪れたのは十月十八日の昼過ぎのことだった。

「ウァティカヌス聖皇国の聖皇フィデス陛下からのカイト卿へと宛てられた招聘状です。つきましては、カイト卿には急となってしまい申し訳ありませんが、明後日、聖皇国に向けて出立していただきたく、お願いする次第です」

 エルヴァの屋敷を訪れたセルシオは応接間へと通されるや、ソファに挟まれるように置かれたローテーブルの上に聖皇フィデスからの招聘状だという革の書套に包まれた書簡を載せてから口を開いた。

 カイトは「失礼します」と断ってから革の書套に包まれた書簡を開いて内容を確認した。

 招聘状の宛て名は「ミズガルズ王国、トワゾンドール魔道士団、首席魔道士カイト卿」とある。

 テルスという異世界に来てからというもの、すでに慣れ親しんだ感のあるアリシア文字で書かれた書簡の文面に目を通したカイトは、書簡をローテーブルの上へ静かに戻した。

 カイトはテルスで広く用いられ地球でのアルファベットのようにほぼ共通文字となっているアリシア文字が読めるだけではなく、言語も地球での英語のように半ば共通語となっているエッドア語を日本語として理解できた。

 言語の習得を必要としない不思議すら考える余裕もなく、カイトは異世界での生活に順応していた。

「位階の叙位と、称号の授与だね」

 同席していたエルヴァは普段と変わらず軽い口調で言うと、カイトへ視線を向けて説明を続けた。

「カイト君が召喚されてこの世界へ来た直後に、セルシオ殿は聖皇国へと使者を送った。その使者が目的である招聘状を携えて戻ってきた、ってわけ」

 エルヴァの状況説明に首肯で応じたセルシオが、カイトへの説明を引き継いだ。

「左様です。カイト卿には聖魔道士の称号を正式に受けていただかなければなりません。その大きな称号は、対外的に重要な意味を持ちます。エルヴァ卿の所感によれば、カイト卿は魔範士以上が確実な魔力量をお持ちとのこと。トワゾンドール魔道士団には魔教士を授与された方は多いですが、魔範士はアルシオーネ卿とノンノ卿のお二方のみ。筆頭魔道士団に魔範士を授与された魔道士が二人と、三人とでは他国への牽制の度合いも異なってまいります」

 セルシオの説明を聞いたエルヴァは、気楽な口調のまま噛み砕いた言葉で補足した。

「まあ、言っちゃえば、箔が付くってやつだね。覇権だの列強だの言われて調子に乗ってる連中に「簡単にこの国を落とせると思うなよ」ってアピールする材料みたいなもんさ。無属性魔法と治癒魔法の修得も順調なんだし、このタイミングで世界を見てくるのも、カイト君にとってはいい経験になるよ」

 エルヴァの見解に対して否定する要素を持たないカイトは、小さく首肯してからセルシオへ質問を向けた。

「俺一人で、ではないですよね?」

「護衛としてセリカ卿とステラ卿に随伴していただきます。すでに手筈は整えてあります」

「そうですか……」

「何か人選について、不安なところがありますか?」

 カイトは小さく首を横に振ってから答えた。

「いえ、不安はありません。航程はどうなりますか?」

「船は最新の汽船を手配しました。航程は一般的なルートで約半月です。翌十一月の四日にはウァティカヌス聖皇国に到着する予定となっております」

「分かりました。聖皇国で、その聖皇……フィデス陛下と謁見するときや、叙位と授与の際に必要な、何か特別な儀礼なんかはあったりしますか?」

 カイトの質問に答えたのは、カイトの横で会話を聞いていたエルヴァだった。

「ないよ。この前の叙任の儀式みたいに固まった形式の儀式があるわけじゃない。聖皇フィデスがきみの魔力総量を測って、位階が決まったら、それに応じた称号が授与されるだけ。あっさりしたもんだよ」

 エルヴァが口にした聖皇との謁見の様子が意外だったカイトは「へえ……」と漏らしてから、素直な感想で返した。

「位階の叙位と、称号の授与なんていう固い響きなんで、てっきり儀式がついてくるもんだと思いました」

 カイトの感想を聞いたセルシオは、注意を付け加える口調で今後の展開へ会話を進めた。

「そのかわり、と言っては何ですが、称号の授与は世界中へと発信されます。聖魔道士にして魔範士ともなれば世界に大きな衝撃を与えるニュースとなりましょう」

 セルシオの見解を聞いたエルヴァは気楽な感想を付け加えた。

「きみは一躍世界の有名人になるってわけさ。まあ、大きい力を持った者の義務みたいなもんだね」

 気楽な調子で言うとワイングラスを傾けてみせるエルヴァに対し、セルシオは若干の遠慮を含ませながらも問いを向けた。

「エルヴァ卿は本当に同行なさらないのですか?」

「親は無くとも子は育つ、ですよ」

 セルシオの問いに対しエルヴァがすかさず端的に答えると、初めて聞くエルヴァの事実に驚いたカイトは、

「子? お子さんがいるんですか? 聖皇国に?」

 と驚きを隠さずにエルヴァへ訊いた。

「うん、娘がいるよ。もう十六歳になるかな。まあ、どうせあっちで会うだろうし、詳しい話は娘から聞けばいいよ」

 カイトとエルヴァのやり取りを聞いて微かに驚く様子をみせたセルシオは、カイトに向けて説明を始めた。

「ご存知なかったとは……私の口から最低限のことは、お伝えしておきましょう。魔道士にとっての聖地であり永世中立国でもある聖皇国の、筆頭魔道士団であるロザリオ魔道士団の首席魔道士はエルヴァ卿です。非常に稀な事態として首席魔道士の不在という困窮をミズガルズ王国が請うて、聖皇陛下のご厚情を拝した特別な措置としてエルヴァ卿にはトワゾンドール魔道士団の顧問を兼務いただいているのです。そして、ロザリオ魔道士団の次席、第二席次に就いておられるのがエルヴァ卿の奥方であられるクーリア卿。さらに、エースナンバーとされる第三席次に就いておられるのが、ご息女であられるアルトゥーラ卿なのです」

 セルシオの口からエルヴァの政治的背景と家族構成を聞いたカイトは、横目でエルヴァを見た。

「そうだったんですか……言ってくれればいいのに……」

「他人の家族の話なんて、もう面白くもない話の代表みたいなもんだろ?」

 エルヴァの物言いにカイトは苦笑を漏らした。

「……まあ、エルヴァさんらしいと言っちゃえば、まあ、らしいですけど」

「僕の弟子は、僕という人間を理解できてるね」

 エルヴァは満足げにニヤリと笑ってみせた。

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